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「 Beloved 〜 凍てつく炎 〜 」 file #0
2015.12.25 00:00
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    7月 新月の頃


    俺は一体、何をやっていたんだろう。
    何十年も前から、ずっと。
    俺は、何をやっていたんだろう。



    子供の頃から、兄貴と俊也と比べられてばかりだった。
    あいつらは成績も良くて、俺なんかがいくら努力しても少しも適わなかった。
    地元で有数の進学校に通って、大学は兄貴も俊也も六大学だ。
    俺は高校も大学も三流で、就職先だってあいつらと違って零細の営業代行。
    あいつらは有名な大企業に勤めて、給料だって俺の何倍も稼いでやがる。
    あからさまに俺を見下してやがるんだ。
    父さんと母さんだって、俺には端から何の期待もしていなかった。
    俺の事を、こいつはもう仕方が無いな、と冷めた目でしか見ていなかった。
    俺は、親に向かって、いつもへらへら笑っていたよ。
    へらへら笑って、顔色ばかり伺っていたんだ。
    就職してすぐ俺は実家を出たよ。
    もうあいつらと比べられて見下されるのはたくさんだ。

    でもな。兄弟の中で、一番最初に女を知ったのは俺だったんだぜ。
    あいつらは高校時代、勉強勉強ばっかりでろくに女と付き合った事も無かった。
    奥手と言えば聞こえはいいが、ただ単にもてないだけだ。
    特に兄貴は、大学でも彼女の一人もできなかったらしい。
    高二の時、俺に彼女ができた事を教えてやった時の、あいつらの悔しそうな顔は今でも覚えてるよ。
    ああ、俊也が大学に入ったばかりの頃に、青い顔をして言って来た事があったな。酔った勢いで一度だけ関係を持った女から妊娠したと言われてどうしたらいいか、と。
    後にも先にもあいつが俺に相談なんてして来たのはそれ一回きりだ。
    俺は、知るか、と言って相手にしなかったが、あいつがあんまりしつこいから言ってやったんだ。
    お前は、酔った勢いで平気で男と寝るような女の言う事をいちいち真に受けてるのか。お前の子かどうか分かったもんじゃ無えだろ。
    そしたら、おずおずと、そうだね、と言って引き下がって行ったよ。
    馬鹿か。下らん事を言って来るな。そう思ったよ。
    それで結果はやっぱり女の出まかせだったらしくて、それ以来あいつはすっかり女を信じられなくなったらしい。軟弱な奴だ。
    その後、俊也の口からも、女ができたなんて話が出た事は一度も無い。
    ざまあみろ。
    いくら勉強ができたって、いくら一流企業に勤めたってな。
    そういう事がまともにできて、初めて男として一人前なんだよ。
    あいつら、未だに実家で燻ってやがるんだぜ。
    父さんと母さんも、出来のいい可愛い息子二人に囲まれてさぞ幸せだろう。
    嫁なんていう面倒臭い存在が来る気配も皆無だからな。
    いや、嫁なんてもう諦めてるのか。
    一生、死ぬまで。
    四人で仲良し家族をやってろ。



    女なんて、コツさえ掴めば簡単に落ちるんだ。
    どんな性格の女でも、必ず弱点がある。そこを突いてやれば脆くも崩れ落ちる。
    特に、自分は賢いと思ってる勘違い女が一番落ち易い。
    男を学歴や年収で判断して俺を見下した目で見やがって。
    でも、そんな時。
    いいか。お前は、今お前がせせら笑った俺に全財産を捧げる事になるんだぜ。
    こう心の中で宣告すれば、何を言われても笑顔になったよ。
    そして俺はそれを確実に実現した。
    そいつの性格を見極めて、それに合わせて立ち振る舞いを変えて。
    あっと言う間に俺に夢中にさせてやったよ。
    そして、喜んで俺に金を差し出させるようにしてやった。
    誰も知らないだろうが、俺は、収入ではあいつらに負けてないんだぜ。
    給料が少なくても、愚かな女共からたんまりいただいてるんだからな。
    その金額を聞いたら、あいつら目を丸くするぜ。絶対に言わないけどな。
    いつ女の持ち金が底を突きそうかも、慣れればすぐ分かるようになる。
    そうなったら潮時だ。底を突いてからでは遅過ぎる。
    それ以上深入りさせずに、納得させられる理由を示して、後腐れ無く別れる。
    いくら金を出させても、その女にとって、綺麗な恋愛の想い出にしてやれば何の問題にもならない。
    女だってそれなりにいい思いをしたはずだ。
    心も身体も充分満足させてやったんだからな。
    女の扱いでは、あいつらは俺の足元にも及ばないさ。

    まあ、俺もたまに外す時はあるけどな。
    最初の頃は、女の性格を見損ねて、別れ際に揉めそうになったり。
    せっかく近付いたのに、意外と金を持ってなくて無駄骨、なんて事もあったし。
    何事も経験だよ、経験。数をこなせばミスは限りなく減らす事ができる。
    うまくやってたんだ。ずっと。
    うまくやってた、はずだったんだ。



    なあ瑞穂。なんでだよ。
    お前はそんな女だったのか。
    お前のその心の中を見極められなかった事が俺の一生の不覚だよ。
    俺はお前を信じていたのに。
    選りに選って、何であんな野郎にべらべら喋っちまったんだよ。
    お前にとって俺はその程度の存在だったのか。
    お前は俺よりあの男を信じていたのか。
    あの時、お前の部屋の前ですれ違ったあの男が、そんな男だったとは夢にも思わなかったよ。
    どう見ても、まともな生き方をしてるとは思えない、あの男が。

    そう言えば、お前は俺を笑わない女だったな。
    他の女共と一緒になって俺を嘲笑せずに、少し目を逸らすだけで。
    たまにそんな女もいるんだよ。奇特なこった。
    よく見ると、お前は綺麗な顔立ちをしていたな。
    長い髪で、たおやかで。真面目そうな雰囲気で。
    男関係の経験も豊富ではなさそうで。
    かと言ってあまり女同士で常につるんでいるようなタイプにも見えなかった。
    これは久々の狙い目だ。
    付き合ってみて、やっぱり俺の目に狂いは無かったと小躍りしたよ。
    すぐに俺の言う事を何でも受け入れるようにしてやれた。
    お前はそこそこいい学歴もあって、そこそこいい給料も貰ってたのに。
    人を学歴や年収で判断しない女だったな。
    どんな相手にも分け隔てなく接していたな。
    だからこそ、あんな男にも――。
    幼馴染だと? そんな奴がいるなんて、お前は俺にひと言も言わなかったよな。
    あの男の存在を知ってたら、もっと違う手を打てたのに。
    正直、お前にあそこまで金を出させる事は避けたかったんだ。
    金を作るために、借金させて、況してや横領までさせてしまうと、後々確実に面倒な事になるのは分かっていたからな。
    でもあの時たまたま先物で大穴を開けちまって、引くに引けない状況で。
    俺も切羽詰まってたんだ。
    それがこんな結果になるとはな。
    お前は愛情の深い女だと思っていたのに。
    だからこそ、俺のために全てを背負って。
    黙って死んでくれると思ったのに。
    なんでお前は俺を裏切ったんだ。



    ああ、もう一人いたな。
    俺を笑わなかった奇特な女が。
    ちょうど瑞穂と同じ時期に知り合ったな。
    小柄で、明るくて。いつも朗らかな笑顔を絶やさない女。
    親しくなってから、過酷な環境で育った事を知って驚いたよ。
    その時は、それでこいつはなんでそんな顔で笑っていられるんだと思ったよ。
    奨学金を取って苦労しながら大学を出て。
    社会人になってからも堅実な暮らしをしている事を知り。
    まあどんな境遇でやって来たとしても俺には関係無い。
    何をどれだけ俺に捧げてくれるかだけが重要だ。
    若い頃から金に苦労した分、しっかり貯め込んでるはずだしな。
    ストーカーがいる事も聞かされたが、万が一そいつが俺のところに来ても、その時逃げれば済む話だ。
    そう思っていた。
    子供の頃から家庭環境に恵まれていなくて、何かとトラウマを抱えている事も早い段階で予測が付いて。
    優しくしてやれば、すぐに心を開いて俺の言いなりになると思っていたよ。
    でも、お前は最後まで俺に金を渡さなかったな。
    俺が何を言っても。
    いや、俺は何も言わなかったからな。
    俺が金を出して欲しいと口に出したら、それこそ終わりだ。
    意地でも直接は言わず、いつものようにそう仕向けようとしたのに。
    お前は俺に金を渡すのではなく、別の方法で俺を支えようとしていたな。
    俺は金さえ出してくれりゃそれでよかったのに。
    段々面倒臭くなってきて、さっさと別れようとも思ったが。
    別れるように持って行くために、実際少しずつ距離を取っていったんだ。
    それでも、お前は付かず離れず俺に付いて来たな。
    別れるために俺が少しずつ態度を変えていっても。
    さっぱりと。忙しい時や、ちょっと距離を置きたい時もあるだろうと。
    男女の仲の恋人というより、半ば親しい友人のように接してきたり。
    冷たい態度をとる俺を見ても、幻滅する事も無く。
    変わらない笑顔を俺に向けて。まるで見透かしているのかと思う程。
    これは腐れ縁になりそうだと思ったよ。
    ある意味、一番厄介なパターンかもしれない。
    まあ、別れようと思えばいつでも別れられる。
    未練はあっても、振られた男にいつまでもしがみ付くような女でも無い。
    まさか実の弟があれほど性質の悪い男だとも想像だにしてなかったしな。
    その内こっちがまた追い込まれた時に、いくらかでも融通させられるくらいの関係でいられればそれでいいか。
    俺は、そう思っていた。
    長い付き合いになりそうだ、と。



    二年か。まあまあ長かったか。
    それでも先の事なんか何も考えてなかったけどな。
    その間、他の女とは全員短期間で問題無く乗り換えていけてたのに。
    そう思えば思う程。
    瑞穂が誰にも何も言わず黙って死んでくれてたら。
    うまくいってたはずなんだ。
    俺は今まで通り、女共が貯め込んでる金を有効利用し続けられて。
    うまくやっていけてたはずなのに。
    なあ瑞穂。あの時、最後にお前の部屋に行った時。
    お前は俺と付き合っていた痕跡を、俺の目の前で全て消してくれたじゃないか。
    俺の目の前で、全てを終わらせようとしてくれたじゃないか。
    お前は俺を愛していたんじゃないのか。
    お前はやっぱり俺を恨んでいたのか。
    でも仕方が無かったんだ。他にやりようが無かったんだ。
    お前だって子供じゃないんだ。分かってた事だろう。
    俺は悪くない。悪くないんだ。
    それなのに、なんでお前は。
    お前も他の女とおんなじだな。
    結局、自分自身が一番可愛いんだ。
    だから、あんな男に俺の事を話したんだろ。
    あの時、俺がお前の部屋から出て行く時も、最後まで、お前は俺の言う通りにすると言ったじゃないか。
    あんなに夢を見させてやったのに。
    お前も俺の中から消えて行ったな。
    他の女共と何も変わらない。ただの金蔓。
    所詮、お前は俺の何も動かす事なんてできなかったんだ。
    俺の中には誰もいない。
    誰もいさせたくない。
    誰もいない。





    何故だ。

    瑞穂と、数々の女共が俺の中から消えて行く。

    俺の中には何も残らないはずなのに。

    がらんどうの真っ暗闇しか無いはずなのに。

    ちろちろと消えかけの残り火のように。

    音も無く心に浮かぶ。

    縋り付きたい。

    その笑顔に。





    「朋子」






                                 〜 宏輔 〜



     「 Beloved 〜 凍てつく炎 〜 」 完





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