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「 Beloved 〜 凍てつく炎 〜 」 file #7
2015.10.13 22:00
0
    8月14日(金) 夜 東京都M区


    窓辺に立って外を見ると、雲が空を覆っていた。
    でも、雨が降らなくて助かったよ。まだまだ暑いけど、猛暑のピークも過ぎたみたいだし。
    カーテンを閉めてキッチンの椅子に座り、テーブルに置いてあったコーヒーの残りを飲み干した。
    とにかく、無事に引っ越しできて、ほっとひと息だ。
    今はまだ全部片付け切れてないけど、先月の終わりから二週間でここまで漕ぎ着けたんだから、我ながら上出来だと思う。

    やっぱり姉さんも不安だったんだろうな。あの日、これから俺と一緒に暮らそうって言ったら、少し迷ったみたいだけど、決心してくれて本当によかった。
    瑛次が傍に居てくれたら安心だからって、言ってくれた。
    それから二人で部屋を探し始めて。割と早い段階でここを見付ける事ができたのはラッキーだった。きっと、こういうのも縁なんだと思う。
    ここの最寄駅からは姉さんの勤め先に電車一本で行けるし、俺の職場にも近い。駅から少し歩くけど、マンションの十一階だから眺めもいいし。
    ただ、家賃がこの辺りの相場より安めだったのが気になって、ちょっと調べてみたら、どうやらこの建物には何部屋か訳有りの部屋があるみたいだった。道理で条件がいい割に空き部屋が多いはずだよ。でも、この部屋自体には過去に何も無かった事が分かったから、ここに決める事にした。少し古めの建物だし、何年も建ってたら色々あるのは仕方が無いよ。もし嫌になったらまた引っ越せばいいんだし。気にする事は無いと思う。内見したら部屋も広くて全然きれいだし、姉さんも気に入ってくれたから。話し合って、すぐに借りる契約をした。
    まあ、元々俺の荷物はそんなに多くないとは言え、いよいよ実際に引っ越すとなるとそれなりに荷造りはしなきゃならないから。意外と早く話が進んでちょっと焦ってしまった。無い時間をやり繰りして、どうにか間に合わせられてよかったよ。
    それで、ちょうど昨日から姉さんの仕事がお盆休みに入って、俺の週休に合わせて、今日。
    朝から車を借りて、姉さんが住んでたアパートと俺の職場の宿舎を回って荷物を積んで、昼過ぎには全部ここに運び込む事ができた。さっきまで二人で荷解きしてて、姉さんも疲れてきたみたいだから、続きはまた休みの日にでもしようって事になって。
    姉さんは自分の部屋でもう寝ちゃったみたいだ。俺も少ししたら寝なきゃな。
    取り敢えず今は両隣が空き部屋だから。騒音とかがうるさくないからいいけど、戸締まりだけはしっかりしておこう。



    玄関から戻って来て、改めて家の中を見回す。
    ちょっと広めの2DK。いい部屋だと思う。
    今日からここで姉さんと暮らせるんだな。俺がずっと待ち望んでた事だ。
    昔、俺が姉さんと一緒に居られたのは小学生の頃までだった。
    小学五年の時だ。あいつらが離婚したせいで、俺は姉さんと別々に暮らさなきゃならなくなった。
    物心が付いた頃にはもう、あいつらはいつも喧嘩ばかりしてるのが当たり前で。それで馬鹿みたいに揉めた挙句、姉さんは父親に、俺は母親に引き取られた。
    あの屑みたいな父親の暴力とギャンブル好きが原因だったけど、母親も酷いものだったよ。引き取った自分の息子をまともに育てようともせず、離婚が成立したらすぐに俺を親戚に預けて、自分一人でさっさと遠くの地方に行って勝手に暮らし始めたんだから。
    俺の事を、父親にそっくりだからって嫌ってた事は分かってたけど。
    それなのに母親がなんで俺を引き取ったのか、俺は理由を知ってる。
    父親が離婚を承諾する条件が、姉さんだけを引き取る事だったからだ。
    あいつが何を目的にそう言ってるのか分かってた癖に、あの母親はまだ中学生だった姉さんを生贄に差し出して、自分だけ逃げ出したんだ。
    それから俺は散々親戚をたらい回しにされて。姉さんは父親の暴力に耐え続けさせられて。
    あんな奴らを親だなんて思いたくない。
    あの時、俺たちはまだ何もできない子供だったのに。

    だから、姉さんとはずっと連絡を取り合って、あいつらに見付からないところで時々会ったりしてた。お互いに慰め合って、励まし合って。俺たちは俺たちなりに、現実の逆境に立ち向かってきたんだ。
    俺はずっと姉さんを尊敬してた。早く大人になって、姉さんを支えてあげられるようになりたかった。だから高校を出てすぐ就職したんだ。そのために、勉強だけは一生懸命やった。肉体的にも精神的にも厳しい仕事だけど、公務員ならまだ収入は安定してる。それに、世のため人のためになる仕事だから、体裁は間違い無くいい。姉さんに、誇りに思って貰えるようになりたいって、それだけを考えてがんばって。どうにかこうして人並みの生活ができるように、なれた。

    だけど。
    子供の頃から、姉さんのために必死で努力してきたけど、心配になる事もたくさんあった。
    姉さんが高校生になって、初めて彼氏ができたって聞かされた時は、ものすごくショックだった。どんな奴か確かめずにはいられなくなった。
    そしたら、そいつは真面目そうな顔をして、影では不良とつるんで遊び回ってるような奴だった。ちょっと後を尾けたらすぐに分かったよ。
    俺はまだ中学生だったけど、あんな事をしたのはあの時が初めてだったな。
    そうやってそいつの正体を知って、頭に来てちょっと嫌がらせをしてやったら、そいつはすぐに逃げ出しやがった。根性の無い奴だったよ。姉さんはなんで振られたのか分からなくて泣いてたけど。あのまま付き合ってたら、もっと辛い目に合わされてたかもしれない。まだ早い段階で別れさせておいて正解だったと思う。
    ただ、その時は結果的にそれでよかったと思ったけど。
    俺の中の不安な気持ちはずっと消えなかった。
    苦しくて、胸がざわつくような不穏な気持ちがどんどん大きくなっていくのを止められなかった。
    だから、俺はそれからも姉さんに彼氏ができるたびに心配になって、相手の男の事をよく調べる事にした。
    姉さんが誰と付き合っても構わない。そいつがいい奴だったら。そいつと付き合って姉さんが幸せになるなら。俺はそれでよかったんだ。
    でも。誰一人、姉さんに相応しい男はいなかった。
    姉さんを不幸にする奴は俺が許さない。
    だから、俺は――。



    壁に掛けた時計が目に入る。
    もうこんな時間か。つい嫌な事を思い出してたら目が冴えてしまった。
    だめだな。もう考えないようにしよう。これから姉さんと二人で新しい生活が始まるっていうのに、そんな昔の事を思い返してる場合じゃない。もっとこれからの事を考えなきゃ。
    なんとなく気になって、姉さんの部屋のドアを見た。
    姉さんはどう思ってるのかな……。
    中からは物音ひとつせず、すっかり寝入ってるみたいだ。
    なんだか、ほっと気持ちが落ち着く。何も言われなくても、姉さんが傍に居るって思うだけで、こんなに心が安らぐんだな。
    さっき姉さんが風呂に入ってる間に、部屋の中にあれを仕掛けておいた。もう必要無いかもしれないけど、一応念のために。元々姉さんが住んでたアパートの分は、気付かれないように、今日、そっと回収しておいた。余計な物は残して行かないに限る。

    さあ、明日はまた出勤だ。資格の勉強は、今日はもういいや。
    起こさないように、少しだけ姉さんの寝顔を見て、今夜はもう休む事にしよう。
    おやすみなさい。





     file #8



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