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「 Beloved 〜 凍てつく炎 〜 」 file #10
2015.11.12 21:00
0
    9月25日(金) 夜 東京都M区


    ――瑛次。瑛次、大丈夫? ねえ、瑛次。

    揺り起こされて、はっと目を覚ました。
    すぐ目の前に、心配そうに俺を見詰める顔があった。
    「姉さん」
    俺は、いつの間にか自分がソファでうたた寝してた事に気付いた。
    意識がはっきりしてきて、どうしたの、とともかく訊き返した。
    姉さんが言うには、俺は酷く魘されてたらしい。さっき一緒に夕食を食べた後、食事の後片付けをしてたら、俺がテレビを見ながら居眠りし始めて。そのまま寝かせておいたら急に魘されだしたから、思わず起こしたんだそうだ。
    「恐い夢でも見てたの?」
    そう言われても、夢を見てた記憶なんて無い。何も覚えてない。
    「いや、何も」
    俺は、夢なんて見てないよ、と身体を起こした。姉さんが近くて、なんだか少し気恥ずかしかった。
    でも本当に全然覚えてない。て言うか、思い返せば、夢なんてもう随分見てない気がする。毎日の仕事や訓練で疲れてるから、寝れる時はいつもぐっすり眠ってるし。前に夢を見たのはいつだっただろう、と思うくらいだ。
    時計を見ると、もう十時過ぎだった。明日は出勤だった事を思い出す。
    「大丈夫だから」
    とにかく姉さんを安心させたくて俺はそう言った。そして、もう風呂に入って寝るよ、と着替えを取りに立ち上がろうとした時だった。
    「ねえ、瑛次。何か悩み事でもあるの?」
    俺の隣に座って、不意に姉さんがそう俺に訊いて来た。なんでそんな事を訊くのかと思ったら、実は、これまでも俺は、何度も魘されてる事があったそうだ。
    初めて気付いたのは、まだ引っ越して来たばかりの頃で。気にしだすと、俺が自分の部屋で眠っている時、中から魘されてるような声が聞こえて来る事は毎日のようにあるらしい。
    そう言われて、俺は少し驚いた。全然気付いてなかった。それを自覚した事は一度も無い。
    一緒に暮らそうって話が出た頃から、俺が以前とは少し変わったような気がするとも言った。それでずっと心配してくれてたみたいだった。
    俺は何て答えたらいいか分からなくて、すぐには言葉が出て来なかった。
    姉さんは、資格や国家試験の勉強もいいけど、もし自分の事を思って無理をしてるならやめてほしい、普段の仕事もあるのに、それが俺の身体に負担になってしまってるなら、いくら試験に受かっても意味が無いから、と言ってくれた。
    そして、もし、そうで無いなら。何か他の事で思い悩んでる事があるのか、と。
    瞬間、どきっとした。でも顔には出さず、俺は、休める時はちゃんと休んで無理はしてないし、今、やっとこうして姉さんと一緒に暮らせるようになって、悩んでる事なんて何も無いって答えた。
    姉さんはまだ心配みたいだったけど、俺は、少し疲れは溜まってるかもしれないけど大した事無いから、と微笑んで見せた。すると、
    「そう? ならいいんだけど。でも辛い時はいつでも、姉さんに何でも言ってね」
    そう言ってくれた。どうにか納得してくれたみたいでほっとする。
    そしたら、唐突に姉さんが俺に変な事を訊いた。
    俺が、ほんとに何も無いから、と答えると、姉さんは、分かった、と頷きキッチンの方に戻って行った。
    俺はなぜか、なんとなく逃げるように、自分の部屋に着替えを取りに行った。



    風呂から上がり、自分の部屋のベッドに横になる。さっき少しうとうとしたせいか、今は目が冴えている。姉さんももう自分の部屋に戻ったみたいだ。
    『瑛次は今、誰か付き合ってる人はいるの?』
    でもさっきは姉さんが急に変な事を訊いて来て、ちょっと戸惑ってしまったよ。そんな事を訊かれたのは初めてだったし。
    もちろん俺は、今、彼女なんていない。姉さんにもそう答えた。
    まあ、俺だって、これまでに何人か女の子と付き合った事はあるけど。でも別に特に好きだった訳じゃ無くて、いざという時のための練習みたいなものだったから。やっぱり、ちゃんとリードしたりエスコートしたりくらいはできるようになっておきたいと思っただけで。今ではもう、そんな必要は無くなったし。
    俺に彼女がいて、その事で悩みがあるとでも思ったんだろうか。
    姉さんがあんまり見当違いな事を言うから妙に焦ったけど、俺が気掛かりなのはそんな事じゃない。全然別の事だ。
    正直、まだ測り切れてない。
    あの視線の事だ。
    少し前から感じてるあの視線が、日に日に強くなって来てる気がするんだ。
    特に、外で姉さんと二人でいる時。頻度も、見られてると感じる時間も増えてると思う。前は一瞬だけだったのに。
    最初は警察かもしれないと思ったけど。
    一応、今でも新聞とネットニュースはまめにチェックしてる。でもあの男の事件の続報は、あれ以来一度も見てないから、捜査は進展してないはずだ。報道規制をする程の事件でも無いだろうし。
    それに警察なら、こんなに何日も隠れて監視なんてするだろうか?
    警察でないとすると。
    もしかしたら、やっぱりあの人が俺を見張ってるのか?
    でも、あの人がそんな事をするとは思えない。その理由が無い。あの人が、今更あの事件をネタに俺を強請って来るような事をするとは考え難い。そもそもあの人だって共犯なんだし、恨みがあったのは俺じゃなくてあの男に対してだ。
    姉さんに、新しい彼氏ができたのかとも考えたけど。
    そいつが俺と姉さんの仲を引き裂こうとしてるとか。
    でも姉さんの様子からは、そんな感じは見て取れない。それとなく話を振ってみても反応は無いし。まあ、まだあの男の事が忘れられないみたいだけど。
    だから姉さんの新しい彼氏とかいう事でも無いと思う。
    じゃあ一体誰が。
    まさか、本当にストーカーがいるのか。
    だとしてもそれは姉さんの? それとも俺の?
    分からない。今のところ、あの視線だけではそれが男か女かも判断が付かない。
    俺がただ過敏になり過ぎてるだけなのか。
    いや、それよりも。
    今日姉さんに言われた事が気になって仕方が無い。
    俺は毎日、何の夢を見て魘されてるんだ。



    俺の顔が変わったって姉さんが言ってた。
    さっき風呂場で鏡を見た時、確かに、少し顔色は良くないと思った。
    でも最近、姉さんが俺を見る瞳も、変わって来たような気がする。
    どことなく、怯えてるような、疑ってるような。
    そんなはずは無い。俺がして来た事は、警察にだってばれてないんだ。
    姉さんに気付かれるはずが無い。
    姉さんにも、誰にも、気付かれてないはず――。

    六月、あの人と偶然出会って。
    きっとその時から、これまでとは何かが違ってたんだと思う。
    誰かと手を組んだのも初めてだった。
    そしてあそこまでの事をしたのも。
    全ては、姉さんのために。
    俺は確かに変わったのかもしれない。
    でも、俺は自分がした事は間違って無いと思ってる。
    悪いのは姉さんを苦しめた過去の男たちで。
    姉さんを騙したあの男で。
    あいつらは当然の報いを受けただけだ。
    姉さんなら、きっと分かってくれる。
    俺の気持ちを。
    いや、姉さんに全てを話す事はできない。
    それこそ、姉さんを無駄に苦しめる事になる。
    俺は姉さんを守りたかっただけだ。
    何も話せなかったとしても、きっと姉さんは分かってくれると俺は信じてる。



    やっぱり、ストーカーなのかもしれない。
    そうだとしたら、これまで以上に身辺を警戒しなければならない。
    まず対象が俺なのか姉さんなのかを見極める事。仮に俺が付き纏われてるとしても、放っておけば姉さんにまで類が及ぶ可能性だってある。でももし姉さんが標的だったとしたら。そう考えただけで、腹の底からむかむかと怒りが湧いてくる。姉さんはまだ何も気付いてないみたいだけど、もし本当にそんな奴がいたら、一刻も早く正体を突き止めて、俺がこの世から消してやる。
    姉さんが居ない時、もう一度家の中をよく調べてみよう。何か痕跡があるかもしれない。俺は何があっても、姉さんを……。



    どこか、何かが違う気がする。
    様々な可能性を考えてても、どれも現実離れしてるっていうか。
    本当は視線なんて俺の気のせいなのかもしれない。
    それが警察なら、とっくに直接俺か姉さんのところに来てるだろうし。
    あの人だって、今更わざわざ俺のところになんて来るはず無い。
    ストーカーにしたって、俺のただの妄想かもしれない。
    気のせいだ。きっと、気のせいなんだ。



    姉さんはもう眠っただろうか。
    部屋の中は静かだ。パソコンを使う音や本のページを捲る音も聞こえない。
    後で少しだけ、姉さんの寝顔を見に行こう。
    毎晩、どんどん、姉さんへの気持ちが抑えられなくなって来てるのが分かる。
    俺が何かに悩んでる事に、姉さんが気付いてくれてるのなら。
    『何でも話してね』
    姉さんはそう言ってくれた。
    俺はどうすればいいんだろう。
    このまま心配を掛け続けるくらいなら。
    姉さんは、いつもあんなに幸せそうに笑ってくれてるじゃないか。
    俺と暮らして、安心するって言ってくれてる。
    でも。
    何も、言えない。





     file #11



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