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「 Beloved 〜 凍てつく炎 〜 」 file #14
2015.12.19 23:00
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    12月13日(日) 夜 宮城県S市


    なんとなく、気になる。理由はそれだけだった。
    今月頭に発生した建設会社の宿舎の火災は、最初は特に注目していた訳では無い。他の事件について取材を進めている時に、たまたまその情報を小耳に挟んだだけだ。
    それで、少し調べてみたくなった。
    何か大きな出来事が明るみに出るとは思えないし、また記事にもならない事を、とどやされるかもしれないが、俺は動いてみる事にした。



    フリーになって五年、東京を離れ、流れ流れて俺は今この街にいる。
    今のオフィスの編集長とは昔からの知り合いで、たまたま同郷だった事もあり、ここに居候し始めてもうすぐ一年。小さな出版社だが、俺は地元の身近な情報を発信する週刊誌の記事を書かせて貰っている。
    拾って貰った編集長の顔を潰す訳にはいかず、以前と違い、あまり余計な事に首を突っ込まないようにはしているが、気になるものは仕方が無い。個人的興味でしかないが、大っぴらにさえやらなければ大丈夫だ。
    これまでに分かった事を纏めておこう。



    今日、件の建設会社の元従業員に話を聞く事ができた。伝手を辿って取材を申し込むと、一人の男性が短時間ならと、快く応じてくれた。
    約束した喫茶店に行くと、
    「沢田さんですか?」
    と向こうから声を掛けて来た。名刺を渡し、その中年の男性から小一時間程、話を聞く。まず詳細から確認し、取材を進めて行った。
    この火災で二人が煙に巻かれて亡くなり、四人が重軽傷を負って病院に搬送された。火元は一階の調理場で、夜中に夜食を作っていた男性従業員らの火の不始末が原因だった。一時間程で鎮火し、死者は出たが既に身元は判明し、怪我人は幸いにも全員命に別状は無かった。
    しかし一人が未だ行方不明で、火災後の調査でも、現場で遺体は見付からなかったという。
    俺が気になったのは、この行方不明者についてだ。
    先週、別件でたまたま近くを通り掛かり、火災があった事を思い出してついでに現場を見に行ったのだが、そこでいなくなったのは若い男だったという話を聞き、それが妙に引っ掛かってしまっていた。
    取材に応じてくれたその元従業員は、火災直後に退職しその男とも面識があったと言い、詳しい話を聞く事ができた。

    その建設会社は、あまり規模は大きく無く、ほとんどが日雇いあるいは週単位で従業員を雇っていた。一応、違法雇用はしていなかったようだが、社長がかなり正体不明な輩で、人事の管理も不明な点が多く、どんな基準で雇っているのか、身元がはっきりしない者も多かったらしい。宿舎で寝泊まりしていたのも、ほとんどが外国人や中高年の非正規従業員ばかりで、長く働き続ける者もいれば、一日で辞めていく者もいた。
    会社側にも、行方不明になった男の事を問い合わせてみたが、何しろ管理が杜撰で、火災後さらに混乱しているのか、担当者も事実関係をまともに把握できていなかった。
    これはある意味問題なのだが、なぜ未だに摘発されないのかも追求した方がいいかもしれないと思う。でも、あまりこの編集部に厄介事を持ち込んで迷惑を掛ける訳にもいかず、悩むところではある。

    行方不明になった男は、年齢は二十代半ばから後半くらいで、そこの従業員の中では若い方の部類に入る。
    彼がリュック一つでここにやって来たのが火災の一か月程前。
    元従業員の話によると、一見して反社会的勢力の関係者のようにも思えず、どこにでもいる普通の若者という印象を受けたそうだ。
    彼は『スギムラ』と名乗っていたそうだが、それが本名か偽名かは不明。
    若い割に仕事ぶりは至って真面目で、進捗を見て仲間にさり気無く手を貸す時もあり、周りから信頼されていた。ただ上司や同僚と親しく言葉を交わす事は無く。いつも黙々と仕事をこなし、宿舎に帰っても周りの人間とは特に関わらず、自分の寝床で眠っているのかいないのか、ぼんやりしている事が多い。
    話し掛ければ普通に受け答えはしてくれるが、どこか近寄り難い雰囲気があり、その元従業員も彼と深く話した事は無かったそうだ。
    噂で聞いた話によると、彼は、元々は東京出身で、それが何らかの事情でもあったのか地方に流れて来て、北関東から東北近辺を転々としながら働いていたらしい。この建設会社にも週契約で入ったが、会社の方が慰留を求め、それに応じる形で働き続けていた。
    それまでは長くても一週間程で現場を移り、同じ場所にひと月も居付いた事は無かったらしい。それが、なぜここに残り続けたのか理由は分からない。
    酒もギャンブルもやらず、休日は日がな一日寝ている事が多かったが、たまに朝からふらっと出掛けて夜遅く帰って来たりする。女のところにでも入り浸ってるのかと噂していたが、どうやらそうでもないらしい。どこに何をしに行っているのかは、誰も知らなかった。
    ただ、宿舎に住み込みで働いていた清掃係の七十代の女性とは、喫煙所で話している姿を時折見掛けたそうだ。その女性を “ばあちゃん”と呼び、缶コーヒーを飲みながら、そこで雑談している時だけは、薄笑いを浮かべて穏やかな表情を見せていたという。
    その女性も火災に巻き込まれて助け出された一人だが、逃げる際に転倒し足を骨折して入院していた。その後家族に引き取られ、既にこの街から離れていたため、彼女から話を聞く事はできなかった。

    火災発生時。
    その日は休日で、彼は出火する少し前に外出してちょうど帰って来たところだった。炎上する建物の前で、呆然と立ち尽くす姿が目撃されている。
    そして、彼はあの女性が見当たらない事に気付き、安否を確かめようとしたそうだ。しかし、その時現場は混乱していて、誰も女性の所在を把握していなかった。それが分かると、彼は迷わず燃え盛る建物の中に一人で飛び込んで行ったそうだ。

    その後、彼の行方は杳として知れない。
    焼け跡から、彼らしき遺体は発見されていない。
    彼の荷物も見付かっていない。
    同室だった同僚の話では、出火する前に見掛けた時、それはまだ彼の寝床の上にきちんと置いてあったらしい。外出する時は、いつも持ち歩いていたのにな、と思ったそうだ。
    そのたった一つの自分の荷物を、取りに戻りたかったのかもしれないと、元従業員は話していた。
    あるいは、逃げ遅れたと思しきその清掃係の老女のためだろうか。
    炎の中に飛び込んで行った彼は今も行方不明のままだ。
    からくも逃げ延びて、どこかで生きているのかもしれない。
    その消息は誰にも分からない。
    この街で、また一人の若者が、消えた。



    取材メモを纏めていた手を止めた。
    ここまでか。
    俺は軽くため息を吐いた。これを調べたからって、どうなるものでも無い事は分かっていたが。
    彼の話を聞いていて、思い出す奴がいる。若くして散った嘗ての後輩。
    あいつの事件の顛末は未だに闇の中だ。あの時必死で調べたが、真相には俺でも辿り付けなかった。
    あれ以来、俺はどうしても、そのくらいの年恰好の奴の事が気になるんだ。
    俺よりずっと若い奴らが無下に消えて行く様は、もう見たくない。
    このメモの件については恐らくお蔵入りになるだろうし、これ以上取材しても何も出て来ない可能性の方が高い。
    でももし、彼がどこかで生きているのなら。
    いつかその所在を掴んで、彼本人に取材をしてみたい。
    たとえ記事にできなくてもいい。俺が聞きたいんだ。
    若い身空で各地を彷徨い、これまでどんな人生を歩んで来たのか。
    何を抱えて生きて来たのか。
    今、何を思い生きているのか。
    これから、何をして生きて行きたいのか。
    いつか聞かせてくれる時が来ると、信じたい。




                                  〜 勝 〜



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